♪ブーゲンビリア第70号(通巻137号)2010年10月号より

 「普段はあまり考えることが少ない人生の寂しさ。人間存在の哀れさ。といった様なところに思いが行くというのが、この秋という季節の特徴である。・・中略・・四季に恵まれた日本という国に居て、この秋という季節に浸れることは、精神修養にとっても絶好の機会ではないだろうか。」と、日向野克巳さんは万葉・古典講座の通信「ことの葉」につづられています。

ゆく秋や病状可も無く不可も無く
点滴の落つる速さの日永か
病中の想念あまた秋彼岸
秋立つや病躯を巡る力あれ
日向野 克巳 「ことの葉」より

2004年に大腸がんを発症されたという日向野克巳さんは万葉集を柱に古典や歴史の講座を群馬県の安中市で開かれ、ご自身のがん闘病体験の句も数多く詠んでいらっしゃいます。万葉・古典講座のミニ・コミ通信「ことの葉」が友人より届きました。分かりやすく解説された四季折々の万葉の世界や古典にふれることが出来、日本人の美意識を再確認しました。又、がんと共存された自然体のライフスタイルに静かな生きる力を頂きました 。

1984年から3年間、家族でカルフォ二アに滞在しました。今ではセピア色になった懐かしい時間だけが手元に残っています。

私は幸か不幸か財産や大金というものを生まれてこの方一度も持ったことが有りません。ですから大事にしている物といったら身の丈にあった「たくさんの思い出と共に一生懸命生きてきた過去の時間が詰っている宝物の小箱」だけなのです。

今では想像できないくらい愛らしくぷくぷくのほっぺの息子たち、お母さんのものだったあの時代・・・。「おかあさ~ん! お腹すいた~! 」と駆け足で胸に飛び込んできたあの甘美な時間はあっという間にすぎ去ってしまいました。 というわけで思い出のつばさを広げ、過去、現在、未来を変幻自在にいったり来たりと、とても気ぜわしい毎日を過ごしているのです。

これが世に言う「老い支度の始まり」の心境というのでしょうか。丁度いい機会です。いい加減な自身の生活を仕切りなおし、せめて人生の仕上げに励まねばと・・・・人間として誤りなき最終進路を歩んでいくためにも、老いへの礼をつくし、お世話になった人に敬を高め、老いにひそむ限りない叡智を仰いで生きていこうと神妙な気持ちになりました。

懐かしいカルフォ二ア時代を共に過ごした高橋洋子さんとは、長い間会わなくとも一本の電話で一瞬にしてウン十年前に戻れる関係です。渡米間もない頃は毎日のようにプールサイドで、子供たちを見守りながら、子育て、ローカロリーのパウンドケーキの作り方、女性の生き方、運転免許の習得状況、時に愚痴や日米文化論など等、取りとめのないおしゃべりを日暮れまで重ねました。

今ごろは洋子さん、群馬県のご自宅の広いお庭に万葉集に詠まれた草花を育て、時に摘み取って日向野万葉講座でご披露したり、日々枯れることのない好奇心のアンテナを立て、「知る楽しみ」に浸っていることでしょう。がん患者支援者として、ブーゲンビリアを遠くからそっと支えてくれている会員さんのおひとりでもあるのです。

精神科医の町沢静夫先生によると、日本人のうつ病患者の特徴が三つあるそうです。

「多かれ少なかれ、誰でも持ちうる性格です。それぞれの特徴が、強く出てくると病ということになりますが・・中略・・人によって接し方は異なりますが、私は『温かな無関心』をすすめています。・・中略・・肩の力を抜いて、気楽に考えましょう」

①自分を否定する性格  ②人の目を気にする性格   ③完全を求める性格

がんや再発がんの宣告を受ければ誰でもが、一時は心がふさぎ、絶望的な気分におちいります。何が大事であり何が瑣末なことであるかが見えてきて、どのように立ち上がり、生き抜いていくか最重要の課題となります。人間の生きる力! 喜びの生活! 湧き上がる感謝!と、偉大なる生命力とが繋がり「いのち」を蘇らせつなげていくのだと思います。

生かされている喜びと生命力を実感したいと、ベランダから秋の夜空を見上げます。以前も絵子のティータイムで綴った繰り返しになりますが、私のお気に入りの星の数にまつわる話です。「親二人、祖父母四人、曾祖父母八人・・・と遡ってっていくと、十代目で千二十四人、二十代目では何と百万人を超える」そうです。夜空に輝く星の数にも匹敵するほどの「いのち」の流れが、偉力あるいのちの流れが脈々とつづいているということです。その輝きは古人の知恵が集約されたような不思議な力をもっているのかも知れません。

「自分の役割を精一杯果していけばいいよ」と、星が語りかけてくれたように思いました。

秋の夜長に、夜空を仰ぎ、古典や歴史を巡る旅をして、あなたと繋がっている古人と語り合ってみてはいかがでしょうか。

「この間よりもりくる月のかげ見れば心づくしの秋は来にけり」
古今集  よみ人しらず