絵子の縁側便り 7月号
2026年7月
玉井 公子
梅雨の季節ですが、いかがお過ごしでしょうか。東京の7月はお盆月ですが、こちらに来て40年以上にもなるのに、梅雨も明けないお盆は今でもしっくりきません。なので、ご先祖さんのお盆は8月にやり、一緒に暮らした東京の生まれの猫たちには7月に「ネコ盆」をやっています。見送った両手に余る猫たちにネコ缶やマタタビをお供えし、一緒に暮らした日々を偲びます。
そんな私ですが、「死ぬのが怖い、死にたくない」と強く思っていた時期が有りました。13歳の中学一年生の時のことです。過酷な戦争を生き抜いていた両親は15~16歳の頃に死ぬのが当たり前の日常を経験しましたが、高度成長期に育った私にとって見えない死は恐怖の対象でしかありませんでした。
お盆のお参りで当時親交のあった禅宗のお寺で「修証義(しゅしょうぎ)」というお経をお坊さんと一緒に詠みました。その冒頭部分が以下です。
修証義 第一章
生を明らめ死を明らむるは 佛家一大事の因縁なり、
生死の中に佛あれば生死なし、但生死即ち涅槃と心得て、
生死として厭ふべきもなく、 涅槃として欣うべきもなし、
是時初めて生死を離るる分あり、唯一大事因縁と究盡すべし。
もちろん13歳には何のことだかよくわかりません。ただ、死ぬのが怖いと思っていた私には「生死として厭ふべきもなく」の部分が心に引っ掛かりました。その時父が「これはええお経ですなぁ。般若心経は何書いたあるか、ようわかりませんけど、これはようわかる」と言いました。そうか、これが分かれば、もしかしたら死ぬのが怖くなくなるかもしれない、と思った私はそれからその年なりに仏教関係や心理関係の本を読み漁りました。インドの古代思想やチベットやエジプトに死者の書、命とは何かが知りたくて生物系の本も読みました。仕事についてからは本を読む時間も減りましたが、通勤電車のわずかな時間で読んでいました。結果、30歳を過ぎてようよう、死とは生命にとっての循環の一つの形であり、自然なものであるという事を納得して自分のものにすることができました。
それから数年後、母に4期の胆のうがんが見つかり、4カ月で他界することになりました。父と食事をしながら、しみじみと「あの時お父ちゃんが修証義の事でこんなん言うたやろ? あれからずーっと考えててな。せやからお母ちゃんの事も冷静に受け止められてんで」と話しましたら、「おれ、そんなん言うたか?」と返され固まってしまいました(笑)
何はともあれ、その後12匹の猫たちと父を看取れたのも、この時間のおかげかと思います。ただ、死ぬのは一向に怖くは無いのですが、その前の痛いの苦しいのはとても嫌なので、緩和医療などをしっかり勉強していかねばいけないと思います。
今、京都の叔父がすい臓がんの4期と診断され、抗がん剤治療を受けています。頭も悪くないし、しっかりした人ですが、やはりがんの知識は持っていないので、医師の丁寧な説明でも違って受け止めることが有ったり、思い込みが有ったりしますので、一緒に話を聞くことで、安心や納得を得てもらえていると思います。ブーゲンビリアの活動も30年になりますが、繰り返し学んできたことが人の役に立っていることに大きな贈り物をいただいたのだと感じています。
今月ブーゲンビリアでは二つのイベントを行います。
1つは立川市にできた「がん条例」をいかに生かしていくかというシンポジウムです。
もう1つはこれまでの30年の活動とお仲間を振り返る講演会です。
ブーゲンビリア30年の活動 「講演」&「偲ぶ会」&「仏像なぞり描き」
7月26日(日曜日) 13:30~16:45 申し込み締め切り7月20日
講演 「仲間との30年のあゆみ」 ~PPI活動・医療消費者として~
NPO法人ブーゲンビリア統括理事長 内田 絵子
偲ぶ会 ~お仲間たちをしのんで~
「心やすらぐ仏像のなぞり描き」 田中 ひろみ氏 仏像イラストレーター・文筆家
詳しくは こちら をご覧ください。
詳しくはそれぞれのチラシをご覧ください。
足元の悪い時期ですが、どうぞご参加ください。皆さまのお越しを心よりお待ちしています。
Photo by 玉井八平氏(玉井公子副理事長父) 昭和記念公園ラン展にて

