絵子の縁側便り 5月号
2025年5月
内田 絵子
爽やかな5月晴れの空を悠々と鯉のぼりが泳ぐ・・・子どもたちの健やかな成長を願い空高く泳ぐ鯉のぼりたち、滝を登りきった鯉が龍になるという中国の故事「鯉の滝登り」は、子どもたちが困難を乗り越えて成長していくようにと親たちの願いが込められていますが、我が家の長男、二男は共に5月生まれ。ちいちゃなお手で鯉のぼりをつかもうと手を延ばす愛くるしさ・・・。26歳・30歳で母となった若かった自身の姿と重さなり五月晴れの空に泳ぐ鯉のぼりを見ると今でも懐かしい時間が思い出され胸が熱くなります。
あれから何十年・・・・。駅まで歩くと少し息切れが、2階の寝室までの階段を上がると軽い動悸が・・・。「何か変?」と家庭医に心電図を撮って頂きました。医師の「異常なし」の言葉に「でも、先生何か変? いつもと違うような気がします」の言葉に「では負荷をかけて、心電図を撮ってみましょう」と、再度撮った心電図の結果「狭心症」との病名。「えっ狭心症」心臓の知識も全然ない私は、以前見たサスペンスドラマを思い出しながら「では、薬物療法とか?カテーテル手術とかするのですか?」と問うと、「詳細な話しを聞いてみますか」「はい、おねがいします」とのやり取り後、市内の総合病院に繋いでくださいました。
後日、状況提供書を持参し総合病院で幾つかの検査を実施して頂きました。画像をみながら循環器の専門医は心臓の冠動脈が極端に細くなっていると「心筋梗塞の一歩手前・死ぬレベルです、このままだと心臓が壊死します。即、緊急入院」と、電話でテキパキと関係者に指示を出し動いては危険なのか、院内を車椅子で移動することとなりました。 「あらら、私重病人・・・死を意識するほどの」と、医師の言葉に驚きましたが、専門医の診断に「自分自身では、今死にそうな気がしないけど・・・」否、「専門医が言うのだから死ぬのかもしれない・・・そのうち何だか死ななければいけないような気がしてきました」思えば私75歳。そんなつもりではなく軽い気分で念のためにと受診したのですがそうか・・・・そんな日が来たのだわ。
「人生はまさか、まさかの坂があるというので・・そのまさかがきたのか・・」「立川市のがん条例」もまだ、道半ばだし・・・みなさんに迷惑かけるなあ・・・」「迫った約束や予約もあり・・・」と、連絡しなければと何だか気ぜわしい・・・。死ぬ前に連絡を取らなければと張り切る私に看護師さんは「連絡はメールで、それもなるべくひかえてとくださいね、車椅子移動の指示が出ているということは、貴方は重症なのですよ!!」と冷静に優しくさとされました。「おっしゃる通りです」でも、「そうか、これが最期か・・・だとすると息子の顔が見たいなあ・・・。夫はびっくりするだろうなあ・・・今年金婚式なのに・・・」そんな思いがめぐり、自身の死を自分事として捉えるはめとなりましたが、なんせ初めて死に遭遇するので・・・気ぜわしくバタバタとした時間が過ぎていきました。でも、きっとこんな事例は日常茶飯事な出来事だと、なにせ後期高齢者ですから、知らぬ間に体のあっちもこっちも傷んできているのでしょうし、生活習慣病の蓄積ですから身から出た錆だと妙に合点がいきました。
思えば、これまで多くの人に出会い、助けて頂いた人生でしたが、最期に「有難う」を伝えることもできずに人生が終わるのだなあ・・・、こうして人生が未完のまま終わるのが世の常だと感じ、何か感慨深い気持ちに浸りました。
ところが運よく、とても幸せな巡り合わせで若きブラックジャック医師のお陰で3本の冠動脈のうちの1本をカテーテル手術していただきました。他の細い1本は安定プラーク状態ということなのか、服薬治療で様子見となりました。若い専攻医のお力で生き延びることができました。本当にいのちの恩人です!!「いのちを助けて頂き、先生本当にありがとうございました。」私の心の中に忘れ得ぬ人が又一人増えました。
リアルに突然死と向き合い感じたことは、自身の年齢の自覚と、自身の人生の時間が残り少ないという実感でした。それと同時に自身の死へのとらえ方や受け入れ方が昔からゆるぎないということを再確認できました。「あきらめが肝心とか・自身の死への受容の力とか・死との向き合い方とか・人間の力が及ばないことを肌で感じたことか等。」です。
知の巨人と言われている英語学を専門とされた学者であり「知的生活の方法」の著書でもある思想家、蔵書家の渡邊昇一氏の息子さんのチェロ奏者の渡邊玄一氏の「明朗であれ」と題した1冊の本が私の心にささっていました。 息子さんの玄一氏は、父の渡邊昇一が膨大な書物を読んだ末に、つかんだものは何だったのか、「生き生きと生きるために真に必要な事柄」を3点あげています。 「明朗であること・自分の運命を愛し受け入れること・人生を善きものだと信じること」そのような「生き生きと生きるために真に必要な事柄」を、先人の言葉や歴史や学問や宗教からわが父は体得したのだと息子さんの渡邊玄一氏は、ご自身の著書で書かれています。
私は、親から知能・思考・才能やお金などの財産は何ももらってはいませんが・・・・ とても大事な宝をもらいました。玄一氏の著書にあるように「朗らかな心や生き生き生きるために真に必要な事柄3点」です。「明朗であること・自分の運命を愛し受け入れること・人生を善きものだと信じること」です。これからもこの言葉を大切に、残りの人生、残りの時間を精一杯生ききろう!!」と思います。それが親への恩に報いることかも知れないと、今日も五月晴れの空を見上げます。
Photo by 玉井八平氏(玉井公子副理事長父)