NPO法人ブーゲンピリアでは「立川市のがん条例制定の請願書提出及び請願署名活動」を展開し、令和7年3月4日第1回定例厚生産業委員会にて審議・採択いただき、3月24日第1回定例本会議の議案審議にて「立川市がん条例制定」の請願は全会一致で可決いただきました。
「立川市がん条例」全会一致で可決 請願署名「総数1456筆」
市民の皆様、他市の皆様、他府県の皆様方が「立川市のがん条例」に向けてお心を寄せて下さいました。1筆・1筆に託された「がん撲滅の祈りやがん患者・患者家族支援」等への支援のお心に深く深く感謝申し上げます。また、スタッフ一同、お寄せ頂いた皆様の1筆・1筆のお気持ちに、ご支援に、重ねて心よりの感謝とお礼を申し上げます。
※なお請願署名用紙は立川市に提出後、市の書類保管室にて保管されます
思えば1911年に米国で「全米がん法」と呼ばれるがん対策が施行され米国のがん患者たちが「がんを知り・がんと向き合い・がんに負けることなく生きる」をスローガ.ンに戦ったがん対策の歴史の上に、日本でも2005年5月大阪で、がん患者たちによる「がん患者大集会」が実施され、それを受けて2005年5月に厚生労働省に「がん対策推進本部」の看板が掲げられました。当時「がん対策推進本部」の看板をさすりながら・・・・無念にも旅立つた仲間たちのことが思い出され胸が熱くなりました。そして、今でも語られる日本中のがん患者の思いが形となって2006年6月16日「がん対策基本法」が制定されました。
そして今、立川市の党派を超えた議員さんたちが、立川市民や患者がもつそれぞれの課題やニーズを政策に届ける機会を作ってくださいました。また、市民生活の中で市民が抱える困りごとや不安等を速やかに解消していく社会モデルのアプローチといえる活動、その高いハードルを乗り越えて、都内では数少ない市区町村のがん条例の採択にまでたどり着きました。また、今後はがん条例の制定に向けて、議員や行政の方々にご尽力頂くことになるかと思いますが、理想的な民主主義の最終段階のかたちとして、市民が主体となりそれを行政がサポートする形になることが大事だと言われています。そのための政策形成過程への道のりは現実には遠いものかも知れませんが・・・遠くしているのは私たち市民自身かも知れません。私たちは納税者であり、社会保障を支えているー員でもあります。自分事として「立川市のがん条例」を市民みんなで見守り、育てていくという思いの第一歩を市民たちで踏み出さなければと思う今日この頃です。
請願事項
- がん対策を包括的に進め、がんと共生するための「健康立川がん条例」の制定
- がん患者に寄り添う「ピア・サポーター」の養成(東京都研修制度にも準拠)
- 小・中学生への健康・がん教育のさらなる充実
- 十分な対話ができる相談窓口体制の構築
- 高齢者に対する予防啓発と情報提供の推進
- さらなる受診勧奨対策の展開
市民が考える健康に生きるための「がん条例」の制定を求める請願
「立川市がん条例」民主主義のこぼれ話
「酒井大史市長の立川未来予想図」「つくる。新時代立川!の会について」を読むと民主主義の理念に基づき、市民と寄り添う優しい立川市の実現のために必要な政治活動を行うことを目的とし、令和元年5月24日に設立しました。と記載されていました。
また、「健康と豊かな心で生きる力を応援する」のページの6項目の1つに「がん患者の生きる力を支援」と記載されていて市長の掲げた思いがよく伝わりました。
私事で恐縮ですが、そんな民主主義のあり方の片鱗を感じたのはギリシャ旅行した時のことです。昼食に定番のムサ力を食べたいと路地裏の食堂を探していると、路地裏に小柄なおじさん達が片手にコーヒーカップを、あるいは煙草をもちながらの立ち話。
街のあちこちでおじさんたちのしゃべり場に遭遇しました。
「無知の知・知の結晶」なのか。今でもこの街にはソクラテスやプラトンが生きているのか・・・。何を話しているのかわかりませんが、民主主義の原点は「みんなのことは、みんなで話し合って決める」と思うと、生活の中で感じること・因りごと等の「対話する」とか「市民の声を聞く」とか。市民たちの「伝えたい・聴いてほしい」「より善く生きるために」・・・街の路地裏での「しゃべり場」は現代版のアゴラかもしれないと感じました。
民主主義の理論や理想は、もしかしたらこんな生活者の中にあるのかも知れませんね。
記 内田絵子