♪ブーゲンビリア第94号(通巻161号)2012年10月号より

 秋風が田んぼを吹きぬけ、やがて夕焼け小焼けのうす暮れに長い長い自分の影を踏む、そんな大好きな季節がやってきました。皆様は、本格的な秋の到来をどのようにお過ごしでいらっしゃいますか。私は11月3日のシンポジウムの準備や雑務に励んでいますが、気持とは裏腹に時間だけが過ぎ去ってゆき・・・「会場に皆様がきてくださるのだろうか、アジアのゲストさんらにとってがん患者交流の場になるだろうか、全国からのアンケートにご協力いただいた皆様方の声をしっかり届けられるだろうか・・・」と、心落ち着かない毎日を過ごしております。皆様、どうぞお力を貸して下さいね。

 「芸術の秋、もの思う秋」には読書が一番似合うのではないでしょうか。

 能楽を大成した世阿弥の晩年の著書「花鏡」に、「初心忘るべからず。時時初心忘るべからず。終生初心忘るべからず」と記されていています。私の座右の銘のひとつでもあります。

 
 私が日本の伝統芸術・能学に関心をもったのは「伝統芸術振興会」会長の南部峰希さん(ペンネーム)にお会いした25年以上前のことです。南部峰希さんの語られる「わたしたちの日本の心、能と狂言」のシリーズのテーマに引かれ、「親と子どもの能楽教室」に参加し、ご縁をいただいたことがきっかけとなりました。南部さんの学識豊な分かりやすい解説に加え、厳かな能舞台、優美な能面、華麗な装束に魅かれ、また神事の美しさ、能の魅力、その精粋を感じ取ったからかも知れません。

 その南部さんも人生半ばで旅立たれ、あれからどのくらいの月日が経ったのでしょうか。私の知人友人の中でも群を抜いての本物のお嬢様。64代続いた旧家、その背景は日本のこころ、能の様式美そのもののような品格と美しさが滲み出ているように感じました。

 彼女の大好物の赤ワインとステーキを囲んで、夜更けまで、能のこと、愛読書のこと、そしてたわいないことを語りあったLAの我家を彼女が訪れた楽しかった数日間。菊の香りと共に重陽の節句が近づく頃になると・・・ふと懐かしく思い出されます。

 そんな能との出会いを導いてくれた南部峰希さんが文部大臣芸術奨励大賞を受章され、その記念祝賀会での挨拶の一言がいまでも私の胸に深く残っています。「駕籠に乗る人、担ぐ人、そのまたわらじをつぐむ人」この言葉からわらじをつむぐ人の思いを大切に精進したいという思いを含んだスピーチでした。

 人生で、駕籠に乗ることで満足、駕籠に乗ることが人生の目的とするのではなく、駕籠を担ぐことの意義を深く見出し、時にはわらじをつぐむ人々の思いを知り、自身もそのわらじをつぐむ一人でありたいと語る言葉の重さは、私の人生観と重なり今もなおこころに強く響いたメッセージとして大切にしています。

 南部さんの愛読書のひとつに「夜と霧」という本があります。その中の「自身の内側を見つめるのはやめよう、人間は人生から問われている。あなたに求められていることに目を向けよう、見えない使命があるのだから・・・・」は、南部さん自身がわらじをつむぐことに心を寄せ、人生のギアチェンジを試みて視野を広げていった証左かもしれません。

 私の大好きな「吉祥寺薪能」は、月窓寺の屋根の上に出る名月を眺め、静寂の中でパチパチとはぜる薪の音や囃子の凛とした響きを聞き、幽玄な薪能の世界にひたります。今では秋の風物詩として地域に定着しており、私にもたくさんの思い出があります。菊の装いが、かがり火に映え艶やかな辛島幸子さんとの華やかな一夜も懐かしく思いだされます。

 年齢や経験に応じて、誰にも忘れてはならない初心が有りますが、私の人生も、ブーゲンビリアの活動も、共に多くの方々の十重二十重になる無限の恩恵を受け、生かされているのだと思います。多くの皆様の献身的な支えや協力があって15年周年を迎えられることに、とても感慨深い思いで胸が一杯です。

 15周年の記念事業として11月3日、東京大学医学部鉄門講堂での「いのちのバトン 薬はみんなで作るもの パートⅢ ~がんの臨床試験・治験について患者・市民の視点で考える~」のシンポジウムを企画、運営できるのは亡きお仲間たちが、応援してくれ、私の背中を後押ししていてくれているからだと思います。

 今は亡き仲間たちの声が、笑顔が、今もはっきりと聞こえ、感じ取ることが出来ます。

 「絵子さん新薬があったら私もう少し生きられるのかしら、やっぱり間にあわないのよね」 「まだ死にたくないもっと生きたい」「娘の生理が始まるまで生きていなければ・・・・」 「せめて夏休みの宿題が終わるまで生きていたい」「なんでがんになったのかしら悔しい」 「絵子さん、私の若い時の着物の写真をみて・・」「体の弱い夫を残して死ねない・・・」  「個人輸入で月60万円、あと何ヶ月、生きていけるのかしら・・・ねえ、絵子さん」 「絵子さん、がんが消える薬があったら」「もしがんが治ったら絵子さん、何でも手伝うわね」 「学資保険解約したの家族に迷惑掛けてまで生きてる価値があるの私に・・ねえ絵子さん」 「家族に美味しい味噌汁をもう一度つくってあげたい、でももう手がボロボロでだめ・・」。

 一足お先に亡くなったがん患者さんたちは、きっと次の未来の患者さんに届ける「治験のキャンサーギフト」を願っているのだと確信しています。次世代にいのちを繋ぐキャンサーギフトの考え方を、今、活動したくても活動できない仲間たちの分まで広げていけたら、どんなにかすてきなことでしょう。

 キャンサーギフトの輪が広がることを願って、秋ふかき東京大学構内の真っ赤な紅葉と共に、皆様のご参加を心より、こころよりお待ちしております。